田川と私

 田川は福岡県の中央部に位置する市であり、飯塚市、直方市と並んで筑豊三都に挙げられる。黒いダイヤ、と呼ばれていた炭鉱の発祥の地としても知られており、かつては筑豊最大の炭都であった。人口は46,278人(2022111日現在)であり1955年から年々と減少を続けている。一時炭鉱によって盛んだった田川市だが現在は過疎化が進み、『過疎地域自立促進特別措置法』が施行されている。

 

 高校生の頃、田川後藤寺行きの電車のことを指を差して「あれに乗ると怖いところに着くよ」とお母さんが子供に向かってそう言っていた。私はその電車に乗るのがとても恥ずかしかった。地元を離れた高校に入学してからは今までは知ることができなかった田川の印象を把握することができた。それからはずっと地元はどこと聞かれるのが嫌だった。高校を卒業すると同時に東京へ上京し、私は「福岡県出身!」とだけ名乗ることができた。地元を言い好印象な反応は初めてで新鮮で嬉しかった。東京から戻ってきた時あまりにも落差が大きくて落ち込んだ。同時にまだ駅でICカードすら使えない田川の過疎の現状を目にして衝撃を受けた。

 

 『prelude tagawaPreludeとは前奏曲や前兆といった意味である。田川市で生まれ育った、私はこの過疎化していく街並みからどうすれば魅力を感じることができるのかに関心を持っている。もう終わった街ではなく今から明るい街を目指す前奏曲に関わる人になりたいと思う。